
新潟生命歯学部 TEACHER’S TALK!!
3人の先生と考える、
歯科の学びの今とこれから。
歯科医療の技術の発展や社会構造の変化に伴い、教育機関もまた同じように、カリキュラムや指導内容、教育環境についての進歩と改革が求められています。歯科医師を目指す人たちがチャレンジしやすい現代的な環境づくりを目指し、よりよい歯科医師を育成するにはどうすべきか……歯科教育の最前線で活躍する3人の先生方に、本音で語り合ってもらいました。
「高校までの勉強とは違う、歯科の学び。」
――歯科の学びは、高校までの勉強とどんなところが大きく違いますか?
五十嵐先生(以下I):やはり、これまで習ったことのないことを新しく学ぶところです。
渡會先生(以下W):特に歯科基礎系科目からは、歯やからだのことについての専門的な内容になってきます。
――そうすると、スタートラインはどの学生も同じ?
W:そうです。ただ、好き嫌いはちょっとあるかもしれないです。例えば、高校まで生物学が苦手で物理学の方が得意だった学生は、生物学に似た内容の「生化学」はちょっと苦手だな、と感じると思います。私の学生時代の友人には、薬の名前を覚えるのが苦手という人がいました。そのように人それぞれの得手不得手はあります。でも基本はみんな、ゼロからのスタートです。
――高校生までは、「テスト前だけ頑張ればいい点が取れる」という人もいたと思うのですが、勉強法や勉強への取り組み方としての違いはありますか?
二宮先生(以下N):大学では1年生のときからの学習習慣が大事になります。テストを乗り越えることよりも、毎日コツコツ勉強して、それを積み上げていくような姿勢が重要であって、積み残しがあると取り返すのが難しくなります。
――ひとつひとつの授業を理解して、それを積み重ねていかないと、国家試験の突破が難しくなる、と。
N:日々の学習の積み重ねが大切で、早く習慣づけができれば各学年での知識を確実に蓄えることができて、国家試験も突破できると思います。
W:大学では高校のときよりも格段に学習する内容が増えます。例えば、大学受験の共通テスト利用の場合、メインは5教科です。でも歯学部では1年生のときからたくさんの科目があるので、それを試験の直前ですべて学び直すにはどうしても時間がかかります。ですから、授業を受けたら、それをきちんと理解して、復習し、一歩一歩の積み重ねを繰り返して、学習したことを頭に定着させていくことが必要となります。
――学習の習慣はどうしても必要ですか?
N:医療全般にもいえることなんですけれども、少子高齢化が進んで社会の構造が変わり、超高齢社会になることで、疾病構造が変化しています。そういった中では、医療のニーズもどんどん変わってきています。例えば、1960年代は「むし歯の洪水」と呼ばれていた時代で、「むし歯の治療が歯科医師の役割だ」といわれていましたが、2019年の統計では12歳児のむし歯の数がひとり0.7本になりました。むし歯の治療を受けたことがない人は、これからもっと増えていくと思います。そうなったときに、かつて歯学部で自分が学んだものと違った社会のニーズが生まれてくる可能性があるので、歯科医師は常にそれに応えて医療を提供していかなければなりません。
――柔軟な対応力と姿勢が求められるわけですね。
N:そのためには、大学を卒業して国家試験に合格した後も、絶えず学び続けていく必要があります。生涯を通して学び続ける気持ちが、将来の歯科医療の変化に対応できることにつながるのです。当然、それは患者さんのために必要なことで、学習習慣というのは本当に重要なことだと思います。
「実際の臨床の現場に出てようやく気づく、基礎知識の重要性。」
――「教える」という立場から、学生さんと接するときに心がけていることはありますか?
I:私の場合は、歯科の学びをはじめたばかりの2年生や1年生が多いので、歯のことを知らなくても理解してもらえるように具体例を出して説明することを心がけています。例えば、石膏という素材は3種類ありますが、化学式は全部一緒なんです。でもそれぞれ特性が違う。同じものなのにどうして特性が違うのか説明するときに、卵料理の例を出すんです。目玉焼きだったり、スクランブルエッグだったり、同じひとつの卵でもいろいろ違うことを、身近なものを例にして説明するような工夫をしています。
W:五十嵐先生の授業は分かりやすいと学生から聞きます。先生は病院でも診療されているので、病院実習で歯科の材料についての質問が出たら「五十嵐先生に聞いてみて」と言っています(笑)
――学生からの質問はたくさんありますか?
W:あります。質問の内容は学年によって違います。低学年は、用語が分からない、あるいは知識の部分の質問が主ですが、5年生になり臨床実習が始まると、彼らはすでに知識があるので、今度は手順とか、それまで自分が勉強してきたことが患者さんを相手にしてどうつながっていくのか、そういう質問に変わっていきます。私もそれに合わせて、教え方を変えて、視覚素材が多い方がいいのか、もっと言葉を足して説明したほうがいいのか、今も試行錯誤しながら教えています。
I:低学年はベーシックなところから、高学年はだんだん応用できるように、教えます。国家試験も以前より応用力が問われるようになってきています。
N:学生は病院実習が終わった頃に「基礎の勉強をもっとしておけばよかった」と言うんです。いざ患者さんを診る段階になって、自分の知識のなさを痛感しているようです。ですから今は大学として、低学年からその重要性に気づかせて、早い段階で学生ひとりひとりのモチベーションを高める取り組みを行っています。
W:私は臨床的な講義で入れ歯について教えていますが、歯がないお口の中の写真を使っています。でもそれがどんな状況か分からなければ意味がないので、臨床の説明というのは低学年から必要だと感じています。
N:早期病院実習や病院見学など、大学としてはさまざまな取り組みを行っています。このように早くから臨床の現場を体験させることで基礎知識の重要性に気づくと思います。
――学生はそれぞれ「理想の歯科医師」のイメージを持ってそれを目指して行くと思うのですが、先生方にとっての理想の歯科医師像があればお聞かせください。
I:「お口の健康を守る」というのが、歯科医師の仕事、役割なんだと思います。その中でも開業医さんであったり、大学の職員であったり、いくつか働き方はあると思いますが、我々は大学の職員ですので、治療以外に「これからの歯科医師を育てる」後進育成が大事なんです。ですから、診療に関しては学生の手本となって、それが彼らの「歯科診療の基礎」となるように指導していきたいと思います。また講義で学生から「よく分かりました」と言ってもらえるような、「若い人たちの手本となるような歯科医師」というのが私にとっての理想像です。
――五十嵐先生をお手本にすることで、いい歯科医師になれる、と学生が信じられるように。
I:それが目標というか、まだそこまでは達していないんですけれども(笑)
W:五十嵐先生は丁寧に学生を見ているので、たぶん安心して指導を受けているのだと思います。
五十嵐 健輔 先生|日本歯科大学新潟生命歯学部 歯科理工学講座 准教授
「『理想の歯科医師像』その可能性を広げるために大学ができること。」
N:先ほどの社会のニーズの話とも関係するのですが、私たちの年代が理想としている歯科医師像とこれから若い人が目指す歯科医師像というのは、時代の変化とともに大きく変わってきています。それに応じて歯科医師の働き方も、かなり変わってきていると思います。これからの若い人にとっての理想は、五十嵐先生のような研究者や、臨床をバリバリやる歯医者さん、あるいは訪問歯科をやる歯医者さん。そういう様々なバリエーションが若い人たちの中に出てくると、もっといろんな「理想の歯科医師像」が増えると思います。
――なるほど、ひとつの理想の歯科医師像を全員で共有するのではなく、ひとりひとりが自分なりの理想像を思い描いていい、ということですね。
N:さらにイメージを広げられるような、時代に合った教育が、今の私たちにとって重要なんだと思います。「歯科医師だから開業して歯科治療をする」だけではなく、その中でもいろいろ専門的な分野があることを知ってもらい、学生の可能性を広げること、歯科の未来に夢を持ってもらうことが、これからの大学の役目のひとつだと思います。
――大学としての具体的な取り組みはありますか?
N:例えば訪問歯科は、その存在自体、おそらく私の学生時代ではあまりイメージできなかったものだと思います。本学が新潟県三条市に開設した「在宅ケア新潟クリニック」は歯科診療のユニット(治療用イス)を持たない、新しい診療所のかたちですが、学生時代にその発想はまったくありませんでした。大学としては、そういう新たな開業形態やこれまでにないタイプの診療所のイメージを学生さんに提供して将来を考えてもらうという意味でも、この「在宅ケア新潟クリニック」は非常に重要な施設として位置づけています。他にも「歯の細胞バンク」もそうですが、歯科の将来を見据えたいろいろな取り組みを行っています。この大学は「歯科界のフロントランナー」であり続けたいと思います。
二宮 一智 先生|日本歯科大学新潟生命歯学部 薬理学講座 教授
「『食べること』をずっと支え続ける。それが私にとっての、理想の歯科医師。」
――渡會先生はいかがですか?
W:これまでも、これからも変わらないことだと思いますが、やはり食事というのはすごく大事で、「美味しいものが食べられないと楽しくない」と話す方が多いです。ある患者さんは入院したときに、入れ歯がなくて満足に食べることができなくてつらかったと話していました。からだが悪くてご飯を食べることができない人でも、例えば甘いものを舐めたりすると、そういうときには笑顔になります。言葉は話せなくても、ニコニコするんです。「食べる」ということは、人生においてはすごく大きい部分を占めているんだと思います。それに直接関わることができるのは、すごいことなのだと思います。
――人生の喜びに直結する仕事ですよね。
W:そうです。ですから、これからの時代、新しい材料や新しい機械が生まれて歯科医療のあり方が変化しても、そこだけは変わらないと思います。それは治療するだけではなく、予防であったり、今ある歯を残すという意味でも変わらないと思うので、そのようにお口の中をずっと守って、「食べること」を支えていける歯科医師が理想だと思っています。
渡會 侑子 先生|日本歯科大学新潟生命歯学部 歯科補綴学第1講座 講師
「どんなにAI技術が発達しても、歯科医師の仕事は機械だけではできない。」
――理想の歯科医師像の可能性の広がりについて二宮先生がお話をされましたが、実際の働き方というのもこれから時代に応じて変わっていくと思いますか?
W:女性の歯科医師の増加とともに、仕事と家事の両立という、新しい働き方の形態が出てきていいと思います。例えば、先ほどの訪問歯科の話であれば、子どもが幼稚園や保育園に行っている日中の時間だけ訪問歯科で仕事をして、夕方、買い物と子どもの迎えをしてお家に帰ってくるという、ユニットを持たない開業のやり方も、かなり具体的にイメージができます。
――実際、それは今もやろうと思えばできる?
W:できます。車に診療のセットを準備して、患者さんのご自宅や施設に行くことになるので、どこかの医院に勤務する必要もないです。自分の時間は自分でコントロールできるようになります。今はAIの技術が導入されて、被せ物や入れ歯など、そのような製作物もインターネットを通じて遠くの技工士さんにデータを送信して作ってもらえる時代です。患者さんのデータをクラウドで管理できるようになれば、ひと昔前の歯医者さんのイメージとはまったく違った歯科医師像ができます。自分がやりたいところでやりたい方法で、いろんな可能性が今後は広がるかもしれません。今の新入生が現場で活躍する頃には、治療が遠隔でできる時代が来るかもしれません。
――治療するユニットがあれば、技術は専門性の高い人にお願いして治療できるようになると。
I:進歩したナビゲーションシステムでは、こちらで動かすとあちらでも動く、そいいう技術が整ってきています。
W:しかし歯科診療はすべて機械任せにはできないと思います。プログラムされた機械は歯を削ることができないので、絶対に人の手が関わります。ですから職業としては必要だけれども、その仕事をどこでどのようにやるか、その選択の幅が広がる、ということです。
「歯科を目指す学生にとって、学費が高いハードルにならないように。」
――平成6年度から、日本歯科大学新潟生命歯学部の学費は大幅に減免されました。
N:県外から入学すると生活費もかかりますし、「歯科医師になりたい」と志を持っても、学費がハードルになってしまうということもあります。歯科医師を目指す学生の強い想いを受け止めるという意味でも、やはりそのハードルを下げたいというのが大きな理由です。
I:医療系を目指す人が、医学部、歯学部、薬学部のいずれかを選ぶとして、歯学部を選ぶときに学費が支障にならないように、と思います。それであきらめかけていた人たちに門を叩いてもらいたいと思いますし、優秀な人材に来てもらって、歯科の未来をもっと明るく確かなものにしたいという願いもあります。
N:まずは多くの人に歯科の世界に興味を持ってもらいたいですし、ぜひオープンキャンパスにも足を運んでいただき、私たちに何でも聞いてもらい、さらにどんどん歯科に対して興味を持ってもらえるようになれば、歯科医師のやりがいにも気づいてもらえると思います。
――なるほど。本日は歯科医師を目指す学生さんにとって、とても有意義となるお話をお聞きできたと思います。貴重な機会を設けていただき誠にありがとうございました。