特別対談「これからの歯科の話をしよう」前編

歯科を志す若者に伝えたい言葉。
歯科を学ぶ人必読の、学長×学部長インタビュー!

歯科の学び|2021.07.30

「これからの歯科はどうなるんだろう」「今、どんな課題を抱えているんだろう」。目の前の勉強だけでなく、視野を広げて「歯科をとりまく世界」を学ぶことはとても大切なことです。今回は、前編・後編に分けて、日本歯科大学学長・藤井先生と、日本歯科大学新潟生命歯学部学部長・中原先生のスペシャル対談をお届けいたします。歯科を学ぶすべての学生さんに伝えたい、気持ちのこもった7千字インタビュー! 前編は、歯科医師の需要や訪問歯科の必要性、テクノロジーの話などをお聞きします。

日本歯科大学 学長

藤井一維(Kazuyuki Fujii)

日本歯科大学学長。1988年日本歯科大学新潟歯学部卒業、1996年日本歯科大学新潟歯学部 歯科麻酔学教室講師、2003年日本歯科大学新潟病院歯科麻酔・全身管理科助教授、2008年同教授、新潟生命歯学部教務部長、2017年同大学新潟生命歯学部歯学部長。2020年より現職。

日本歯科大学新潟生命歯学部 学部長

中原 賢(Ken Nakahara)

日本歯科大学新潟生命歯学部 歯学部長。2006年日本歯科大学新潟歯学部卒業、11年東京歯科大学大学院歯学研究科修了、同年日本歯科大学新潟生命歯学部先端研究センター助教、同年ベルン大学医学部頭蓋顎顔面外科学講座留学(13年12月まで)、17年日本歯科大学新潟生命歯学部先端研究センター教授、同大学新潟生命歯学部 教務部長。20年より現職。

人口が減るから歯科医はいらない、という理屈にはならない。

――藤井先生が歯科医師になられたばかりの頃と今では、歯科をとりまく環境や価値観はやはり大きく変化しているのでしょうか。

藤井学長(以下F):かなり変化していますよ。僕が歯科医になった当時は「歯医者は削って詰めるのが仕事だ」とか「手先が器用じゃないと歯医者はダメだ」とか、そういう台詞がごもっともなこととしてまかり通っていた時代です。まだ一部にそういう地域もあるけれど、基本的にもうそんな時代じゃなくなったのは間違いないです。

――当時と比べて、むし歯の数も大きく減ったと聞いています。

F:2000年の頃に、オーストラリアの歯科医が「むし歯の治療をする人はクレイジーだ」と言っていて、ふーんって思いながら聞いていたんだけれど、それから20年経って、だんだん日本もそういう時代に近くなってきていると思う。それだけ、むし歯の数が減ったということです。

――むし歯で歯医者さんにかかるということが、珍しいことになってきたわけですね。

F:それからこんな話もあって、1970年代の終わりにNHK教育の『おかあさんといっしょ』の番組で「はみがきじょうずかな」の歌がはじまったんです。同じ頃『アンパンマン』の放送もはじまって、ばいきんまんが登場したでしょう。それを見て育った子が母親になると、当然、自分がテレビの前でやったように、子どもの歯みがきもちゃんとするわけ。そうするとむし歯もどんどん減るんですよ。

――なるほど、そういう影響も考えられるんですね。育つ環境が変わったと。それでは歯周病についてはどうですか?

F:歯周病の場合、ゼロに近い状態を作るのはかなり難しい話です。でも歯周病の数は減ってはいないけれど、重症の割合は減ってきています。

――そうなると、将来的に歯科医師がそれほど必要じゃなくなる、と考えてしまうのですが……。

F:人口が減れば、その人口に対して必要な歯科医は割合としては減るかもしれない。でも、僕が歯科医になった頃は、お年寄りはみんな総入れ歯だったの。つまり、入れ歯のケアさえしていればよかった。でも今のお年寄りの口の中には、歯がたくさんあるんですよ。言い換えると、歯科医の治療を求めている歯の数は増えているんです。

――人口が減っても高齢者が増えて、ケアしなくちゃいけない「歯」は増えると。

F:だから「人口が減少するから歯科医はいらない」という理屈にはならないんです。

これからの社会は、訪問歯科がないと成り立たない。

――雑誌などのメディアで、「歯科医が過剰だ」という記事をときどき見かけます。

中原学部長(以下N):厚労省が出しているデータでは、人口10万人に対しての医師の数は約250人なんです。でもその一方で、同じ人口約10万人に対しての歯科医師は80人しかいない。単純に計算すると、ひとりの歯科医師が診る患者さんの数は1,200〜1,300人です。でも1日に診察できる患者さんの数って外来で20人くらいなんですよね。それを考えると、僕は歯科医師の数が過剰だとはとても思えないし、これから歯科医師の数が増えたとしても、仕事にあぶれるようなことはないと思うんです。

F:僕が若いときは、その外来の目安の数が1日40人だったの。それって、患者さんが歯医者に行ったら、もう椅子に座って口開けて、ガーッと削って詰めもの入れて、っていうそういう世界。そこには会話も何もないんだよね。でも今、学部長が言った「20人」っていうのは、ひとりの患者さんに30分くらいきちんと時間をかけての、20人なのね。収支を考えれば30人は診たいけれど、いい治療を優先するなら20人。それが本来の理想なんですよ。

――患者さんって、歯科クリニックに普通に通える人だけじゃないですよね。

N:そう、高齢者で歯科に通院できないとか、寝たきりで訪問診療が必要な患者さんが歯科治療をちゃんと受けられるのかといったら、まだ30%しか受けられていないという現状があって。残りの70%を診る歯科医は絶対に必要なんです。

――訪問診療のお話が出ましたが、高齢社会では「訪問歯科」が欠かせない存在になります。訪問歯科をやるかやらないかは、若い歯科医師にとっても重要な選択になるのではないでしょうか。

F:ある年齢に達したときに、やるかやらないかの二択になりますね。国家資格を取ってすぐ訪問診療をやろうと思っても、これは無理。やっぱり基本的な手技は先輩の下で研鑽しないといけない。訪問診療はね、患者さんの家に行くわけでしょう。家の中に入ったときに、そこの空気感、家庭環境、人間関係、それらを全部理解できるようになるには、30歳くらいではまだ若すぎるんですよ。40歳くらいにならないとなかなかできないんです。

N:今は、普通の歯科クリニックでも訪問診療をやっているところが増えてきているんです。だから興味のある若いドクターは、まずは訪問診療をやっている大手のクリニックに勤めて、そこで手技を学んで、自分が開業をするときに訪問歯科をやるかそれとも外来だけでやるか選択するわけです。

――そのとき、多くの歯科医が訪問歯科をやらないといけない、という時代がもうすぐそこまで来ているという感覚ですか?

N:2040年問題というのがあって、20年後、65歳以上の高齢者が3,900万人になって、現役世代の1.5人が高齢者ひとりを支える時代になると言われています。そのとき歯科クリニックに通院できる高齢者がどれだけいるか、って話になりますよね。となると、歯科医が訪問診療をやらないと、世の中がまわらなくなってしまう。

F:訪問歯科専門で開業できるようになったのが最近だから、まだ数は多くないけれど、これから先、訪問歯科を専門にする人も出てくると思いますよ。

テクノロジーの進化と、設備投資。

――テクノロジーの進化も、歯科医療を変化・成長させていると思いますが。

N:歯の型を採るとき、歯ブラシみたいな棒状の機械を口の中に入れてカメラでスキャンするんです。それをPCに読み込むと機械で被せものができちゃう、そういう方面の技術はすごく進んでいます。何度も通わなくていいし、痛みも嘔吐反射もないから患者さんにとってもいいことですよね。

F:あと、この先、スマホで歯医者を受診するということが普通にできるようになってくると思います。「ちょっと相談があるんですけど」って自宅から歯医者につなげて、カメラを自分の口に向けると、それを診て歯医者が「まだ来院しなくていいんじゃない」っていうような。今はまだ、カメラで口の奥までは見えないでしょう? でもAIを使って、奥の状態をある程度判断できるようにする、そういう技術を一生懸命考えている企業もあるんですよ。

――でもそういった最新の技術は、導入するクリニックとそうじゃないところと差がありますよね。

F:それはやっぱり歯科医の年齢にもよりますよ。今の学生がクリニックの院長になったときは、そのやり方を自然に受け入れるだろうけれど、今の50代や60代の歯科医の中には「診察は医院に来てやるものだ」と考えている人たちもいるから、そこで技術や知識がアップデートされている世代とされていない世代の差は出てきますよね。新しい機械があることが当たり前だと教育されてきた人は、自分が開業するとき当たり前だと思ってその機械を買いますよ。

――でもそうすると、若いドクターが自分の理想に近いかたちで開業しようと思ったら、あれもこれもと設備投資の面で大変じゃないですか?

F:歯医者って自分の城を持つような感覚で開業するでしょう。だから器具もみんな自分で買おうとするんだよね。でもお医者さんはそれを「シェアしよう」っていう発想があるの。例えば、ドクターが3人で「あの機械はあった方がいいよね」「そうだね、あった方がいいね」「じゃあお金を出し合って1台買って君のところに置こうよ」って話をする。その機械が必要な患者さんが来たときは「彼のところに行って検査してください」って機械を置いたクリニックに行ってもらって、データだけ送ってもらうみたいなことを、お医者さんは普通にやっているんだけど、歯医者はね、なかなかやらないんですよ。

N:東京では、普段メンテナンスだけをやっていて「この場合はあの先生のところへ、この場合はあっちの先生へ」というふうに、ひとりの患者さんを連携してシェアするようなクリニックもあります。

F:歯科のCTは1台1千万円くらいかかるし、顕微鏡を覗きながらむし歯の治療をするのも今は当たり前の時代ですよ。だから学生には「君たちはみんなでシェアして助け合うことを考えなさい」って言っています。

歯科の仕事で、今も昔もこれからも変わらない大切なこと。

――いい治療を求めて、新しい治療法と新しい設備のあるところに患者さんが向かうと、例えば高額な保険適用外の自費診療の方にみんなが力を入れて、保険の範囲内での治療を求める患者さんがないがしろにされる、みたいな心配はないのでしょうか。

F:それは、ないがしろにしちゃいけないですよ。歯科の仕事においてこの先ずっと変わらない大切なことっていうのは、基本的には国民の健康を守るってことです。それは保険診療でも自費診療でも同じように守るべきことだから。

――歯科の仕事を志すにあたって大切なことを、おふたりは学生さんにどんなふうに伝えていますか?

F:特に学生に伝えたいのは「あの先生のところに行ったら、自分の歯のことはみんな分かってくれている」そう患者さんに思ってもらえるような歯科医にならないとダメだよ、ということ。地域に根ざして診療をするなら、その人の家族みんなが患者さんで「ばあちゃん元気か?」って話ができるような歯科医にならないと、地域に根付くことにはならないよってことです。

N:僕は「食べるを守る」歯科医師になりなさい、という話をしますね。「食べるを守る」というのは、患者さんの歯の状態だけじゃなくて、全身状態を把握しつつ口の周りの筋肉や唾の状態まで網羅的に診て「食べる」という行為を生涯続けられるように努力する歯医者であってほしいということです。

F:まさしく、平均寿命と健康寿命の差を縮めていくことが、歯科医の仕事だと思います。それが食べることなんですよ。食べなきゃ何もできないんだよね。それを守ることが、健康を守るってことになるんです。

 

(インタビュー収録:2021年1月)

 

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