特別対談「これからの歯科の話をしよう」後編

歯科を志す若者に伝えたい言葉。
愛される歯科医師になるために必要なこと。

歯科の学び|2021.08.06

「これからの歯科はどうなるんだろう」「今、どんな課題を抱えているんだろう」。目の前の勉強だけでなく、視野を広げて「歯科をとりまく世界」を学ぶことはとても大切なことです。今回は、日本歯科大学学長・藤井先生と日本歯科大学新潟生命歯学部学部長・中原先生のスペシャル対談の後編です。愛される歯科医師になるために必要なこと、歯科技工士や歯科衛生士の重要性など、たっぷりとお聞きしました。

【>前編はこちら】

日本歯科大学 学長

藤井一維(Kazuyuki Fujii)

日本歯科大学学長。1988年日本歯科大学新潟歯学部卒業、1996年日本歯科大学新潟歯学部 歯科麻酔学教室講師、2003年日本歯科大学新潟病院歯科麻酔・全身管理科助教授、2008年同教授、新潟生命歯学部教務部長、2017年同大学新潟生命歯学部歯学部長。2020年より現職。

日本歯科大学新潟生命歯学部 学部長

中原 賢(Ken Nakahara)

日本歯科大学新潟生命歯学部 歯学部長。2006年日本歯科大学新潟歯学部卒業、11年東京歯科大学大学院歯学研究科修了、同年日本歯科大学新潟生命歯学部先端研究センター助教、同年ベルン大学医学部頭蓋顎顔面外科学講座留学(13年12月まで)、17年日本歯科大学新潟生命歯学部先端研究センター教授、同大学新潟生命歯学部 教務部長。20年より現職。

患者さんから見た「いい歯医者」とは?

――いい歯科医になる、という点では、患者さん側からの「いい歯医者」の視点もあると思います。

藤井学長(以下F):昔はね、いい歯医者というのは、治療費が安い歯医者だったりしたの。今でもそういう気質の地域はあるかもしれない。でもやっぱり今はそういう時代じゃないですよね。

中原学部長(以下N):僕が子どものとき、母親や大人の会話を聞いていて覚えているのは、歯医者の先生のパーソナリティがとても大事なんだなってことです。例えば、あの先生は優しいとか、話し方が上手とか、きちんと説明をしてくれるとか。そういうことで大人は歯医者を選ぶんだなって。

――歯医者は痛いことをされる場所、みたいなステレオタイプのイメージは、今もまだありますか?

F:まだ半々でありますよ。というのは、どんな治療を受けてきたか、ですよね。今の20代の人たちは、痛いことをされるような治療を受けていない。でも40代以上の人たちは痛いことをされてきた。だからそういうイメージはまだ残っている。

N:今の高校生と話をしていると面白いですよね。「歯医者が痛いことをする」というイメージがないんです。歯を削られたことがなければ、麻酔をしたこともない。

F:そう、だから「歯医者はどういうところ?」って質問すると、「点検しに行くところ」って答えが返ってくるんですよ。

―じゃあ、点検しに行って痛いことをされたらもう歯医者に行かないですね(笑)

F:あはは、そうだね(笑)

N:集客という話では、広告上手だったり、SNSでうまく人を集めたり、いろんなクリニックがあるけれど、でもやっぱり一番大事なのはクチコミだと思います。「あの先生はすごく腕がいい」っていうクチコミが人から人へと伝わって患者さんが来てくれるのは、これは願望かもしれないけれど、これからも変わらないでいてほしいなと思いますね。

――訪問歯科も「診察に来てください」という依頼があって行くわけですよね。それは当然、患者さん側から選ばれるということになるのでしょうか。

F:訪問診療と外来だけのクリニックは何が違うかっていうと、証人がいっぱいいるってことなんですよ。介護の現場って、歯科医だけじゃなくたくさんの職種の人が出入りするでしょう。そうすると、その患者さんの口の中の状態がよくなっているかそれとも逆に悪くなっているか、みんなが証人になる。だから変な歯医者はすぐにバレるんです。

よくある歯科医親子の対立の話。価値観の違いは避けられない。

――歯学部のある大学の数は限られています。となると歯学部の学生は、いろいろな県から集まってくるわけですよね。

N:うちの学生でいえば80%が県外出身です。卒業してからは大学に残るか、地元に帰るか、あるいは東京へ出るかという感じですけど、今は東京への憧れがそんなに強くないですし、かといって卒業後すぐに地元に帰る人はそこまで多くないです。勤務医として修行して、開業できる年齢になってから地元に帰るというパターンが多いですね。

――親が歯科医という学生もいますよね。研修医が終わったら実家に戻って父親の下で働いて、みたいなことになるのですか? 対立しませんか?

F:だからすぐには帰らない(笑)

N:実家に戻った直後は絶対にぶつかりますよ(笑)

F:父親のクリニックの向かいで息子が開業するなんて話もある。やっぱり、歯科医としてのスタイルが違うんです。求めている診療室の作りも違うし。息子のためにクリニックを改装したらいいかというと、そうしたら父親が使えなくなっちゃう。

――それは、歯科医としての考え方が決定的に違うということですか?

N:若い歯科医にもそれまで自分がやってきたことのスタンダードがあるわけです。大学で学んだもの、勤務医としてやってきたこと、もちろんプライドもあって、そろそろ自立できるから帰ろう、となっている。でもその父親からすると、何十年も実績を積み上げてきた自分のクリニックですからね、まずはそのやり方に従うべきだと言いたくなるのもわかる。僕の知っている歯科医の話ですが、彼の実家は地方でお父さんがクリニックをやっている。彼は大学院で論文を書いて博士を取得して、勤務医を経験してから実家に帰った。自分なりの理論に基づいて診療している。でも実家では、昔患者さんがたくさんいて流れ作業で治療をしていたのと同じ環境で、それが今も続いている。「これでいいんだよ」的な治療を続けるお父さんと、エビデンスに基づいてちゃんとした治療をしたいと思う彼の間に、妥協点はなかなか見いだせないんですよ。

――その問題は、例えば30年後の次の世代でも繰り返されると思いますか? 世代を越えて決定的に正しいやり方みたいなものはないのでしょうか。

F:その正しさみたいなものは、時代のニーズに合っているかどうかだと思うんですよ。どういう病気があって、どういう患者さんがいてというのは変化するものなので、世代間の対立のようなものはいつの時代もあることだと思います。

愛される歯科医師になるために、必要なこと。

――そういう意味では、どんな時代もやはり患者さんファーストなのだと思います。患者さんに選ばれ、愛されるために必要なことというのは何でしょうか。

N:個人的な話ですけど、僕は日本の職人さんが大好きなんです。ひとつのことをとことん極めているところに憧れます。歯医者もそうあるべきだって思うんです。もちろん診療に必要なベースの技術は全員が最低限持っていなければいけないんだけれど、その上で「これは自分にしかできない」という専門性や特化した部分を持つこと。大学に入ってから資格を取って開業するまでの間にそれを見つけ出して、努力して極めた上で、その専門性を広告塔にして独り立ちする。

――専門性というのは具体的には?

N:例えば、歯を抜くのが上手だとか、インプラントが上手で絶対に神経の麻痺を起こさないとか。被せものを作るのが上手、入れ歯を作るのが上手、痛みなく麻酔をできる、そういうことですね。

――「これをやってもらうならあの先生しかいない」という個性が魅力になるように、と。

N:専門的に特化したものを持てば、患者さんはついてくるんじゃないかと僕は思っています。そしてそれを広めてくれるのがまさにクチコミなんだろうなと思いますよ。

F:僕はやっぱり、患者さんの背景をしっかり把握できる歯科医になって欲しいと思いますね。だから、人に興味のない医療人にはなってもらいたくない。

――それはコミュニケーションが上手だとか、そういうことを越えた部分ですよね。

F:たくさん会話をしなくても、察することができる人っているじゃない。そういう、人をちゃんと診ることができる歯医者さんを育てたいんですよ。そのための教育ですよね。

歯科技工士と歯科衛生士は、これからもっと重要になっていく。

――歯科の職業というと、まず歯科医師が頭に浮かぶと思いますが、歯科衛生士や歯科技工士も立派な国家資格です。

N:歯科技工士は、まさにさっき僕が言った「職人の世界」です。自分の技術でものを作って人を助けることができる。それはものすごく夢があるし、やり甲斐のあることです。人って、歳をとってインプラントを入れていても、最後は部分入れ歯を作らないといけなくなる人が多いんですね。そしてそれは歯科技工士が手を加えないと完成しないものなんです。だから、これから歯科技工士のニーズはどんどん増えるんですよ。

――むし歯の数が減って、予防やメンテナンスのために通院する患者さんが増えると、歯科衛生士も重要な役割を担うことになりますよね。

N:これからは本当に歯科衛生士の時代ですよ。今、歯科医が衛生士さんに患者さんのお口のケアを任せるような仕組みになってきているんです。クリニックに行ったら、4回に1回しか歯医者の先生が呼ばれない。患者さんを診るのは衛生士さんなんです。

F:歯科の仕事はどれもやり甲斐のある仕事ばかりなんですよ。やり甲斐は無限大です。本当にそう思います。

――本日はありがとうございました。

(インタビュー収録:2021年1月)

 

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