ARTICLE NUM:004

歯科医師/廣澤 利明さん

食べたいものを食べられる感動。
それがまさに歯科のやり甲斐。

DR+DH+DT WORK STYLE|2021.05.25

——廣澤先生はクリニックで外来の患者さんの診療にあたるだけでなく、積極的に訪問診療もされていますよね。訪問診療をすることに、何か特別な理由や動機はあったのでしょうか。

廣澤先生(以下H):訪問診療は週3回、火水金の昼間やっています。正直なところ、これといって特別な理由はないです。国が訪問診療をやりましょうと旗を振っていて、実際に高齢者も増えている。これは必要だろう、と。自分としてはこれをやるのが普通だという感覚です。

——高齢の患者さんや、寝たきりで通院できない患者さんのご自宅に行かれるんですよね?

H:そうです。初回の診察のときは、患者さんよりも暮らしている環境をまず注意深く見ますね。その人がどういう生活をしていて、家族からどんなサポートを受けているのか。現役のときどんな仕事で、どんな地位にあったか。個々のキャラクターを見極めることが、信頼関係を築く第一歩だと思っています。

——当然、患者さんのご家族とも接することが多いと思いますが、気をつけていることはありますか?

H:できるだけ患者さんのご家族にお願いをしないことですね。介護の現場って、家族はもういっぱいいっぱいなんですよ。仕事に家事に介護に……。歯医者がそこで「これからはこうして」みたいなことを言い出してタスクを増やすと、もうダメになっちゃう。だから逆に「僕らが来るときだけはそこのソファで休んでいてください」って、現場に入ったときはご家族に言うようにしています。

——メンテナンスもやはり必要ですよね。

H:治療が終わってもケアを勧めています。ただ「とりあえず歯を治しに来て欲しい。治ったらもういいよ」というような、歯医者の往診イコール「出前診療」みたいに考える感覚の方もいるので、そのへんはちょっと難しいところですけど。

「ほんのひと口であっても、患者さんは幸せな気分になれるんです」

——外来と訪問診療では、移動時間も含め、ひとりの患者さんに対してかける手間も違うと思います。効率化がとても大事かと思いますが。

H:「訪問診療は採算が合わない」という意識をお持ちの先生もいらっしゃいます。ただ、小規模でも上手にバランスをとって効率よくやっていけば、そんなことはないです。具体的な効率のよいやり方はそれぞれの医院で考えてやっていますね。複数の先生でやられている医院は、外来と訪問の役割を分担したり。

——訪問診療をしていて、やり甲斐や喜びを感じることはありますか?

H:食べたいものを食べられないお年寄りが、食べられるようになることですね。僕、治療前に聞くんですよ。「何が好き?何が食べたい?」って。そうすると「刺身が食べたい」「肉が食べたい」って。それを「食べられたよ!」って言ってもらうときがすごく嬉しいし、それがまさに歯科のやり甲斐ですよね。以前、難しい病気のおじいちゃんの入れ歯を作ったことがあったんです。その方は「マグロの刺身が食べたい」と。結局、亡くなってしまったんですけど、ご家族の方が来られて「実は入れ歯が入ったときマグロの刺身を食べられたのが本当に嬉しかったみたいで、その喜ぶ表情を見て、家族は救われた気持ちになった」って言ってくれて。ほんのひと口であっても、患者さんは幸せな気分になれるんですよ。

——訪問診療で一度診た患者さんは、その後も口の中のケアをしてあげたいのではないかと思いますが、実際はどうなのでしょうか。

H:でもそれは患者さんというよりも家族のモチベーションの問題ですね。普段仕事や家事や何やらで忙しくしているご家族にとっては、「歯医者が来るだけでその時間、自分もここにいなきゃいけない」と負担に感じる場合もありますし。でもそのへんが上手くいっているご家族に関しては、僕らの話を受け入れてくれやすいですね。あとはその家庭の経済的な状況もありますし、患者さんとご家族の人間関係もあったりしますからね。

「なんで自分は医療をやりたいんだろうって考え直して、 見つけた道が、歯学部への編入だったんです」

——廣澤先生は、最初から歯科の道を志していたわけではないとお聞きしました。

H:技術系の大学を卒業して、大学院に進むことになっていたんです。その前に企業実習というのがあって、ある企業に設計として入ったんです。でもそのときに上司から「君は設計に向いていない。働くのであれば、人は自分の長所を武器にして戦わないと伸びないんだよ」と言われて。自分でも工場で設計をする仕事は違うと薄々感じていたんですよ。そこで「自分はいったい何になりたいんだろう」と自問自答して。

——それはおいくつのときですか?

H:22歳のときです。ゆくゆくは技術系の仕事で医療機器メーカーに就職したいと思っていたので「なんで自分は医療をやりたいんだろう」って考え直したんですね。そこで見つけた道が、歯学部への編入だったんです。電話帳を見て大学に電話して「編入試験やってますか?」って。運良く間に合って、そこからは大変でしたけど(笑)

——卒業後、大学病院でのお勤めの後、開業医としての道を選んだ理由を教えて下さい。

H:大学では麻酔を専門にやっていて、いくつかの病院で仕事をした後で今度は大学の訪問診療チームに入ったんです。そうしたら、いろいろなところで講演をさせてもらう機会が増えて。「みんな訪問診療をもっと頑張ろう」という啓蒙活動をしたんですよ。でもそのときによく言われたのが、「いや、先生は大学に勤めているからそんなこと言えるんだよ、実際はそんな甘くないよ」と。言い返したくても、自分が言っていることが正しいかどうかは、開業しない限り証明できないんです。それが理由のひとつですね。

——患者さんはどういう方が多いですか?

H:駅前ということもあって、若い会社員の方が多いですし、あとマンション住まいの方ですね。比較的、意識の高い方が多いですね。

——開業してから感じた、大学での診療との違いを教えて下さい。

H:大学のときは診療にあたる人数も多くて、道具も多くて、時間的にも余裕があるんです。でも開業すると、患者さんひとりひとりにかけることのできる時間が限られてしまうんです。それが問題なんですよ。

「東京の限られた地域だけを基準にせず、地方の歯科医師不足にも目を向けてほしい」

——これからの歯科業界についての見通しを聞かせてください。

H:僕が予想しているのは、東京のような大都市圏以外は、歯科医師の数が足りなくなるということです。第一次ベビーブームの団塊の世代の先生方が退職されるときに、じゃあその子どもたちが歯科医師として医院を引き継いでいるかっていうと、そうではないんです。すると歯科医院は減ります。でも高齢者の治療必要人口はどんどん増えてくる。歯科はいくら衛生士さんに頑張ってもらっても、1日に診察できる患者さんの数に限界があるので、これからどんどん歯科医院が足りなくなってくると思いますね。特に地方では。若い人たちに知ってほしいのは、いろんなメディアの情報で「歯科は過剰だ」って言われているけれど、それは東京のごく限られたエリアだけの状況で語られているということです。みんな東京基準なんです。地方にいる人たちにしてみたら、実際は歯科が足りないっていう状況なんですよ。だから、偏った情報に惑わされずに、常に自分たちの地域の実態を情報収集して欲しいと思いますね。

——先生ご自身の10年後や20年後のビジョンはいかがでしょうか。

H:まあ、もうすぐ50歳になるので、もうひとり一緒に働く若い先生が見つかったらいいなと思いますね。自分の学んできたノウハウみたいなものを、ちょっとでも引き継いでくれれば嬉しいし、自分自身としては65歳くらいに元気な状態でリタイアしたいなと思っています。まあ、かといって仕事を全部やめるわけじゃなくて、他の歯科医院で週1回のお手伝いやっていくとか、そういう働き方ができたらいいなと考えています。

——本日はありがとうございました。

DR+DH+DT WORK STYLE

長岡おとな・こども歯科クリニック

廣澤 利明(Toshiaki Hirosawa)

日本歯科大学新潟歯学部卒業後、同大学附属病院で臨床研修歯科医を修了。同大学附属病院、福井大学医学部での勤務を経て、2013年に「長岡おとな・こども歯科クリニック」を開院。日本歯科大学新潟病院非常勤講師。医療法人社団智明会理事長。

インタビュー収録:2021年1月