ARTICLE NUM:018

歯科医師/高橋 睦さん

噛み合わせとプレーの関係を研究中!
「スポーツ歯科外来」の可能性。

DR+DH+DT WORK STYLE|2023.09.19

——「スポーツ歯科外来」に来られる患者さんは、どんな方が多いのでしょうか。

高橋先生(以下T):「スポーツ歯科外来」にいらっしゃる患者さんは、衝撃を伴うコンタクト系のスポーツ、つまりボクシングとか空手とかをこれからはじめようとしてるお子さんや、そういったスポーツのためにマウスガードを新しく作りたいという方が来られることが多いですね。

——マウスガードを作るのが目的の患者さんがほとんどなのですか?

T:ほとんどですね。実際に診療していくうちに歯の診察や治療をすることもありますけれど、最初にこの外来に来られる方は「マウスガードを作りたい」という方ばかりです。競技によってはマウスガードを装着していないと試合に出場できないとか、あと使用できるマウスガードに色の制限がある競技もあるので、それをふまえて、きちんとしたものを作りたいという方が多いです。

——子どもの場合は、歯が生えかわる前の状態で作ることもありますか?

T:混合歯列期といって乳歯と永久歯の生えかわりがあるので、それを想定したマウスガードを作ったりもしますし、経過を見ながら細かな調整をしていきます。

——じゃあ本当に選手ひとりひとりのオーダーメイドのマウスガードを作る、と。マウスガードが必要なスポーツというと、実際どういうものがありますか?

T:そもそものマウスガードの装着義務化のはじまりは、アメフトなんです。それからボクシング、空手、ラグビー、あとは競技によって年齢によって、競技団体によっても規定が異なってきます。着用が義務の競技があれば、推奨というかたちでプロテクターを勧められている競技もありますね。あとは選手個人の判断で、他の選手とのコンタクトのない競技でも、例えばフィギュアスケートの選手がマウスガードを作って自分の練習のときに使用するような場合もあります。

「歯の噛み合わせの安定性と選手のパフォーマンスの関連について、研究を進めています」

——他の選手と激しく接触したとき、マウスガードがないとどうなるのでしょう?

T:口の中の話だけで言うと、歯が割れてしまったり、脱落して飛んでいってしまったり、あごの骨が折れたり、逆に歯が押し込まれてしまったり、あとは接触がなくても動いているときに口の内側を自分で噛みちぎってしまうようなこともあります。

——そういう危険から口の中を保護するために必要なんですね。どんな素材で作られているのですか?

T:基本的にゴム弾性のあるプラスチックのような材料なんですけれど、熱可塑性といって熱を加えるとぐにゃっとして、常温に戻ると元のかたちに戻る、そういう性質の素材を使っています。

——どのくらい耐久性があるものなのでしょうか。

T:歯が変わらない前提なら、材質のゴム弾性をいかすという意味では半年ですね。プロのアスリートの中には、たくさん作って頻繁に交換する選手もいます。競技によっては5個とか10個とか事前に用意しておいて、その日の体調やコンディションにあわせて自分に合うもの、噛み合わせのフィット感のいいものを使っている選手もいます。

——スポーツと歯の関係というのは、物理的な衝撃から身を守ること以外でも何か関連はあるのでしょうか。

T:「スポーツクレンチング」といって、ウェイトリフティングのように最大筋肉を持続的に使うような競技だと選手が歯を噛みしめ続けることが多いんですね。そういう場合、奥歯がすごく擦り減って真っ平らになっていたりします。逆にポジティブな意味の噛みしめでいうと、身体のコアになる体幹を支える筋肉がお腹側と背中側にあるんですけど、そこが首の筋肉からあご、頭まで全部筋膜という筋線維を覆う膜でつながっているんですね。噛みしめると、筋肉の収縮の動きが連動するといわれていまして、なので、噛み合わせの普段のバランスのよさがパフォーマンスに影響するんです。噛み合わせの安定性と体幹の関連については、今、まさに研究を進めているところです。

「歯科の世界にとどまらず、いろんな業種の人たちとお互いを高め合える楽しさ」

——高橋先生が歯科の仕事を目指すようになったのは?

T:実は実家がこの大学の近くで、姉が私より先にこの大学に入っていたんです。父も医者をしていまして、医療系の仕事は私にとって身近なものだったんですね。将来的な安定性もありますし。それでここの大学に入学しました。姉が使う実習の道具を家で見たりしていたので、環境的にも恵まれていたと思います。ただ、実際に入ってみたらやはり勉強は大変でしたね(笑)

——今、スポーツ歯科外来に所属されているのは?

T:学生のときに入れ歯の授業をされている先生の授業がとても楽しかったのと、あと私は血がいっぱい出る外科的なものが苦手なので、大学院で噛み合わせの研究の方に進みまして。そのときの医局の先生方が日本スポーツ歯科医学会に入られていて、学会で出会った先生方たちと一緒に研究をして、今この世界にいるという感じです。

——今のお仕事は楽しいですか?

T:すごく楽しいです。今は「噛み合わせが運動機能にどう活きるか」というところを研究していまして、普段の噛み合わせと、マウスガードで補正した噛み合わせで、選手の筋力やプレーがどう変わるかというのを調べています。ハンドボールの選手とトランポリンの選手を中心に見ているんですけど、例えばトランポリンの選手は跳躍の高さが噛み合わせが安定していた方が高く跳べるというのがようやくわかってきたところなんです。歯科の世界だけじゃなく、他の業種の方と一緒にいろんな話をしながらお互いに刺激を与え合うことができますし、あとみんな喜んでくれるので、それはやり甲斐につながっていますね。

——研究だけじゃなく、臨床や教育もされていると思いますが、先生が学生だったときと今の学生さんを比べて何か感じることはありますか?

T:世代がだいぶ離れているので、学生と話していて笑いのポイントが全然違ってよくわからないときとかありますよね(笑)。でもすごく素直ですね、今の学生は。わからないことはすぐにちゃんと聞いてくれますし。私たちの頃は、先生になんでも聞けるという雰囲気ではなかったので。その点では今は学生と先生の距離がとても近くなっていると感じます。あと、今の学生は自分の意見をちゃんと言葉にできる子が多いですね。

「スポーツが好きな人にとって、アドバンテージがある世界」

——これから歯科の世界を目指す高校生に、伝えたいことはありますか?

T:実は私自身、スポーツはまったくできないんですよ。中学までバレーボールをしていましたけど、高校も大学も帰宅部なんです。入学した当時は自分がスポーツ歯科に関わるなんてまったく思っていなかったんです。

——でも、今はスポーツ歯科の研究を生き甲斐にされています。

T:一年生の授業の中でも話しているんですけど、歯学部に入学して、知識をたくさん学ぶと、好きなことが変わっていくことが多いんですね。いろんなことを学んだり経験して、自分の好きなことが見つかったり、苦手なことがわかったりすると思うんで、もし歯学部に入るきっかけがあったら、ぜひ自分の好きなことを見つけてその道に進んでもらいたいなと思いますね。

——歯科医師を目指す学生さんの中に、スポーツが好きな人ってたくさんいますよね?

T:いますね。それがいいモチベーションになるといいですよね。でもスポーツ歯科ってなかなか認知されていなくて(笑)。だから一年生にスポーツ歯科について話すと、そのときはじめて知って興味を示してくれる学生さんが多いんです。スポーツ歯科の世界は、実際にスポーツをやっている人にとってはアドバンテージがあると思うんです。スポーツを知っている人と知らない人だったら、知っている人の方が選手目線でいろいろ考えられるので。

——なるほど。スポーツが好きで、しかも将来は歯の仕事を、と思っている人に、スポーツ歯科という世界のことをもっと知ってほしいですね!今日は貴重なお話をありがとうございました。

DR+DH+DT WORK STYLE

日本歯科大学新潟病院

高橋 睦(Mutsumi TAKAHASHI)

日本歯科大学新潟歯学部卒業後、同大学大学院新潟歯学研究科を修了し、博士(歯学)取得。現在准教授として同大学新潟生命歯学部生理学講座勤務。日本スポーツ歯科医学会専門医、日本生理学会認定生理学エデュケーター、日本オリンピック委員会強化スタッフ。

インタビュー収録:2023年8月