ARTICLE NUM:019

歯科医師/水谷 太尊さん

顎変形症の治療にチームで取り組む
「顎のかたち・咬み合わせ外来」。

DR+DH+DT WORK STYLE|2023.12.04

——まず「顎(あご)のかたち・咬み合わせ外来」というのは、どういう外来なんでしょうか。

水谷先生(以下M):「顎変形症(がくへんけいしょう)」の治療を行っています。一般の方にはなかなか馴染みのない病気だと思うのですが、顎のバランスが崩れることで歯にも影響して、それによって咬み合わせが悪くなることを顎変形症といいます。例えば、受け口、出っ歯、顎と顔のゆがみなどです。顎のバランスが崩れていて、その顎の上にある歯がうまく働けていない状態、上手く咬めない状態です。

——顎のバランスということは、大人になってから、とかではなくて、子どもの頃から抱えている病気の場合も多いですよね。

M:顎には成長期がありますが、病気に気づきはじめるのはだいたい中学生のときですね。その頃になると皆さん自分の顔の形や口もとが気になりはじめます。顎もググっと大人へ成長して、この病気を自覚して悩みはじめます。

——ということは患者さんは学生さんが多い?

M:そうですね。患者さんの多くは高校生です。目に見えて悪いと自覚するのは歯並びなので、多くの場合は最初に矯正歯科を受診します。ところが一般的な矯正⻭科ではそれぞれの歯の位置を治すことしかできません。歯の土台、つまり顎のバランスが崩れていることによって⻭が悪影響を受けていれば、無理をして歯を動かしても良い結果にならないので、そのように診断された場合は矯正歯科の先生が顎変形症の治療を専門に行っている医療機関を紹介する、というのが受診までの流れです。

——なるほど。顎変形症を扱っている医療機関というのは結構多いんですか?

M:実はあまり多くないですね。新潟市内では、私たち日本歯科大学新潟病院と新潟大学総合病院。近県から通院している患者さんもいます。新潟県内では他にもいくつか医療機関はありますが、決して多くはないです。大切なのは、日頃から通院しているかかりつけの歯医者さんが、患者さんの顎のアンバランスから生じている咬み合わせの不都合がもしあったとすれば、それを早めに見つけて、ご本人と家族に説明してあげることです。

「よく咬めて、よく食べられて、楽しくお話ができるように。しっかりと時間をかけて」

——患者さんには、最初にどういうお話をされるんですか?

M:最初にこの病気の原因や治療の流れを、何回か丁寧に説明します。特に手術についてはいちばん大切なことなので、その治療効果と手術に伴う危険性を時間をかけて説明します。矯正治療はすごくお金がかかると皆さん思っていますけれど、この顎変形症に関しては保険が適用されるんですね。そういう制度的なものも含めてお話します。そこで「治療を受けます」という患者さんもいれば、手術のリスクを考えて「そこまではできない」と判断して治療を受けない方もいらっしゃいます。

——症状にもよると思うのですが、治療にはどのくらいの期間がかかるのでしょう。

M:治療は3つのステップです。検査をして治療を開始すると、まずは手術前の矯正治療でおおよそ2年。次に手術でだいたい2週間~3週間の入院治療。この手術で顎を切り離してバランスを整えます。顎の骨を動かしたところを金属のプレートやネジで止めて、骨が固まるのを待ちます。最後は仕上げの矯正治療で、もう1年。トータルで3年ぐらいはかかります。長いですよね。

——ちなみに口腔外科以外でも顎変形症の治療は受けられるんでしょうか。

M:歯科以外でも、医科の形成外科や美容外科の先生も、顎変形症の治療を行っているんです。私たち歯科は「よく咬めて、よく食べられて、楽しくお話ができる」という目標のために、歯と顎のことを考えて治療をしています。ただ、患者さんの中には美容外科的な側面を強く希望される方もいらっしゃいます。僕が治療について話をすると、「小顔にしたい」とか、よくよく聞いていくと「唇が厚いのも嫌だ」とか「小鼻がひらいているのが嫌だ」といろんな訴えが出てきます。私たちは歯科ですから、あくまでも歯を大切にしながら、よく食べられるようになるための治療についての話をします。その上で美容外科的な要望が強い場合は、私の方からその分野の先生を紹介をして、「そちらでもお話を聞いたらどうですか」と勧めることもありますね。

「患者さんの悩みに寄り添って、患者さんがいちばん希望する治療を選択できるように」

——水谷先生はどういう経緯でこの口腔外科のお仕事をされているんでしょうか。

:歯科の場合は、大学を卒業すると多くの卒業生が町の歯医者さんになるんですけれども、私は口腔外科を勉強したくて大学院に進みました。歯だけではなく、顎や舌など口腔のいろんな病気を治療する口腔外科を勉強しておけば、必ず将来役に立つかなと。私が大学を卒業した1990年に顎変形症の治療は保険適用になり、大学院を卒業した1995年は、全国の歯科大学病院がちょうど治療を積極的にはじめていた時期だったんです。

——顎変形症の治療を続けてきて、思うこと、大切にしていることはありますか?

:顎変形症に関して言うならば、顎のアンバランスがあったとしても、悪性の口腔がんなどとは違って、直接命を奪われるわけではありません。そうすると患者さんは悩みますよね。そのときにいちばん大切なのは、患者さんが治療に対して自分でどういうふうに考えていくかということ。私は、顎変形症であっても全員が全員この治療を受ける必要はないと思っていて。自分が抱えている悩みを解決するために治療を選ぶ人、あるいは悩みを抱えていても治療を選ばずにうまく消化できる人もいます。とにかく患者さんと、ご家族も含めて何回も話をしていく中で、まずは正しい情報でご本人の悩みに寄り添って、患者さんがいちばん希望することを選択できるようにします。治療か、その他の選択肢か。そういうところでは非常に難しいし、やりがいがありますね。がっちりした顎があるからこそカッコいい人もいますからね。「自分の個性としてその部分を受け入れられる」という人もいらっしゃるわけですから、検査上は「顎変形症」という結果が出たとしても、ご本人がそれに対してどのように考えて、どう選ぶかというのがいちばん大切なんじゃないかなと思います。

「意見を出し合い、チームで協力し合って治療する。そこにやりがいがある」

——お忙しい毎日かと思いますが、リフレッシュのために取り組んでいることはありますか?

:私は食べることが好きなので、たくさん食べます。そうすると太っちゃうじゃないですか。食べてばかりもいられないので、健康管理のためにジムに通っているんです。多いときには、休みの日に2回ぐらい、午前と午後にジムに行っています。あとは、登山まではいきませんが山歩きをします。最近は紅葉もよくなってきたので、必ず温泉の近くにある山を選んで紅葉を見ながらのんびりと歩いて、そのあとに温泉を楽しんで、そういうところで自分のアドレナリンを一回鎮めて、スイッチをオフにしていますね。

——口腔外科というのは、他の歯医者さんのお仕事とはまた少し違うと思います。後継者という点では、今後どうですか?

:口腔外科の仕事は、手術が中心の仕事です。非常に厳しくタフな毎日ですが、最近は口腔外科医を目指す女性歯科医師も増えてきています。もっともっと口腔外科に興味を持ってもらって、顎変形症の治療に参加してほしいと思うのが実際の気持ちです。今は教育が充実しているので、私たちの大学では1年生から早期臨床実習というのがはじまります。その中には口腔外科もありますし、顎変形性についても学びます。学生には歯科ではこういう治療をやっているんだっていう教育を必ずします。早い時期から歯科のいろんな分野に興味を持ってもらえる環境をもっと作っていけるといいですね。口腔外科として顎変形症の治療に携わっていますが、今は主に総合診療科で歯学部5年生の臨床実習の指導や臨床研修歯科医の指導を行っています。大学の教員として、患者さんに寄り添う歯科医師を育てられればと思っています

——最後に、これから歯医者さんを目指す高校生の皆さんに伝えたいことをお願いします。

:わたしたちの病院の「顎のかたち・咬み合わせ外来」では、矯正歯科の先生と口腔外科の先生が一緒に協力し合って、チームで治療をしています。チーム医療では、それぞれの立場から、いろんな意見を出し合って一人ひとりの患者さんに対して一番良いと考える治療をお話します。みんなの意見をまとめることは大変ですが大切なことです。歯科では、食事を美味しく食べるために、いろんな治療をしていることをぜひ知ってもらいたいですね。

——今日は貴重なお話をありがとうございました!

DR+DH+DT WORK STYLE

日本歯科大学新潟病院

水谷太尊(Masutaka MIZUTANI)

日本歯科大学新潟病院総合診療科准教授(口腔外科併任)。顎のかたち・咬み合わせ外来医長。博士(歯学)。日本口腔外科学会専門医・指導医、日本顎変形症学会認定医・指導医。

インタビュー収録:2023年11月